ピアノといえば非常にメジャーな楽器
ピアノといえば非常にメジャーな楽器ですが、実は「ピアノ」という名称が略称であることは意外と知られていないようです。正式名称は「ピアノフォルテ」といいます。ピアノ(小さい音)もフォルテ(大きい音)も出る鍵盤楽器という意味で、イタリアではこの名称が今も一般的なようです。その名称も「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(イタリア語で小さな音も大きな音も出るチェンバロの意味)の略なので、ピアノという呼称は究極の略称といったところでしょうか。日本やアメリカではピアノと呼ぶのが一般的になっていますが、例えば歌の譜面等を見ると、ピアノ伴奏のところにpfと印がついています。これはピアノフォルテの略なのです。これがフォルテピアノと逆転してしまうとピアノの初期形態の、現在のピアノと少し違うものを指す言葉になってしまうので注意が必要です。
UP DATE : 2010/03/12
ある日の名言 : 技能、情報、知識は道具に過ぎない。
フォルテピアノは今のピアノよりも音域が狭く
フォルテピアノは今のピアノよりも音域が狭く、小さくて軽いものでしたが、現在のピアノは88鍵もあり、音域の広さ、音の多彩さ、また名前の通り様々な音量を一台で表現できるなど、たくさん魅力のある楽器なので、日本では習い事の定番になっていますね。多少値が張ることと、何しろ重たいのが玉に瑕ですが(グランドピアノなど持ち上げるのも大変で、先日観に行った演奏会ではスタッフが10人がかりで移動させていました)最近では大人でもピアノを習う方が増えているようです。かくいう私も子供の頃ピアノを習っていましたが、どうにも身につきませんでした。指が人より短いこともありましたが、なにしろ先生が厳しくて楽しくなかったのです。鍵盤より手首が下がると手をはたかれたりもしました。今ではそういう厳しい先生も少なくなっているのでしょうが、特に子供に習わせる時はトラウマにもなりかねないので、先生選びは重要ですね。そう言いつつも、いまだにピアノを弾ける友人をうらやましく感じるのですから、やはりピアノは人を惹きつける楽器ということなのでしょう。
クラスでピアノを習っている子がたくさん
私は音楽が大好きだ。将来その音楽で生活できるように今必死に頑張っている。小さい頃から歌うことが大好きで、その延長で楽器を演奏することも大好きだった。小学生の頃、クラスでピアノを習っている子がたくさんいて、毎日休み時間になると教室にあるキーボードやオルガンで演奏していて、その光景がとてもうらやましかった。私のおじいちゃんは習字が趣味で、その影響から私も習字を習っていた。今思えばもっと続けていればよかったなと思うのだが、当時は習字教室に行くのが憂鬱だった。「習字」イコール古くさいというイメージがあって、教室で華やかに演奏している友達を見ていたら、なんだか憂鬱になってしまったのだ。母に「習字教室を辞めてピアノを習いたい」と言ったこともあったが、そんなわがまま聞いてもらえるわけもなく却下された。
ピアノ弾き語り
結局小学校6年間習字教室に通って、毛筆は三段、硬筆は二段まで習得したのだが、卒業するのと同時に辞めてしまった。中学校に上がってからも「ピアノを習いたい」という気持ちは強まる一方。でも教室には通えないので、友達から教えてもらって独学でピアノを弾きだした。楽譜も読めるようにして、三年生の時には全校の音楽発表会でピアノを弾くくらいにまで上達した。そして、貯めていたお小遣いでキーボードを買って、家でも常に弾きながら歌うことが日課になっていた。今でも曲を作る時は必ずキーボードを使用しているし、いつかアコースティックのライブの際に、ピアノ弾き語りで歌う機会を作ろうと思っている。音楽は人の心を豊かにしてくれる。日本人は馬鹿みたいにシャイだ。だから、本音でぶつかったり、伝え合うことをしないからぎすぎすした関係ができやすい。音楽はそんな恥ずかしくて伝えられない思いを素直に表現されているから、聞いていて心が温かくなったり、涙したりできるのだと思う。「ピアノ」だけに限らず、「歌」でもいい。「ギター」でもいい。音楽というものにもっともっと触れてほしいと思う。音楽は世界共通だ。言葉が通じなくても、音楽は思いを伝えてくれる。悲しい争いごとが今もこの世界のどこかで起きている。思いやる心、そして、素直に伝える、受けることができる素直な心があれば、そんな争いごとは起きないと信じている。今私は無名のミュージシャンだ。もし有名になれなかったとしても、でも、いつか、いつの日か世界中の人が隣にいる誰かと手を結んで、争いのない世界になるように、その第一歩が踏み出せるように歌い続けたいと思う。
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